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ディベート部の歴史

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極私的ディベート甲子園99年

 ディベート甲子園。第4回を数えるこの大会の最終日は、臨海副都心にあるビックサイトが会場となる。白熱した決勝戦の後、高校の部の講評は、審判の松本 茂氏の「ディベートって…」という言葉で始まる。氏は第1回大会は中学校の部の審判だったから、ここ3回、氏の「ディベートって」という語りかけを聞いていることになる。

おととしは「ディベートって、すばらしいですね。」だった。

去年は「ディベートって、奥が深いですね。」だった。

そして今年は、「ディベートって、…ドラマですね。」だった。

 涙が出そうになった。詳しいコメントは、忘れてしまったから、決勝戦のビデオが発売されたら、許可をいただいて、ここに冒頭の部分だけ、掲載させていただきたいと思う。しかし、氏のコメントを聞きながら、生徒達とのこの半年の取り組みのあれこれを思い出して、万感胸に迫るものがあった。

ディベートって、試合だけじゃないんだよなあ。

 ディベート甲子園の直後、神奈川県教育センター主催の研修会で、ディベートの講座を担当した。8月3日のことだった。その時、「ディベートの活動には、事前準備、試合、試合後のまとめと3段階がありますが、それぞれどの程度の割合だと思いますか?」と尋ねてみた。ほとんどが高校の先生方。ディベートの指導はほとんど経験がない人が多かった。事前準備に1割、試合に8割、まとめに1割なんて極端な意見もあったが、でも、ほとんどの先生達は、試合の比重が5割以上だと考えていたようだ。だから、事前準備7割、試合2割、まとめ1割という話をしたら、驚いていた。
 まあ、初心者相手の初めてのディベートなら、5時間程度で、3時間レクチャーしてマイクロディベートを2時間で3試合、というパターンもある。

 でも、本格的に証拠資料を準備して、立論も甲子園ルールにしたがって6分、ということになれば、7割の事前準備というのはどうしても必要になる。

 例えば、今年のうちの活動状況を振り返ってみよう。

 今年の論題が発表されたのが2月18日。そこから陪審制についての調査が始まる。まずはイミダスなんかで陪審制をチェック。大陪審と小陪審がある、なんて基礎的な知識を仕入れていく。インターネットではJDA日本ディベート協会の過去の日本語ディベートのトランススクリプトをダウンロード。本棚の片隅から、「授業づくりネットワーク」の一番最初にディベートの実践例集が掲載されたやつを引っ張り出して、大学生が「陪審制」でディベートを行ったという事例を発見。幸運なことにこれは以前にビデオも買い込んでいた。

 そうしてそこに出てくる陪審制に関する参考文献を集め始める。
 ちょうど3月始めに修学旅行を抱え、その後は学年末の事務処理で、本格的に参考文献を集め始めたのは4月に入ってからだった。

 生徒達は久しく実戦を離れていたので、まずはディベートを体験しようと、3月13日の研究会に参加した。この日は、サマータイム制を使って参加者みんなでディベートを体験するというものだった。講師は女子聖学院の筑田氏(って俺かい)。

 ぼくの方で用意した立論を使い、反駁を考えて、経験者と初心者が組んでグループ戦を行った。早稲田の山中君と瀬能さんが試合をするなんて、けっこう魅惑的な組み合わせも起こった。はるばる関西支部支部長の梅本先生も駆けつけて下さった。先生とは女子聖ディベート部部長の内田が組んだ。梅本先生といえば、昨年度の決勝トーナメント1回戦で、千種高校と対戦したときにジャッジをしていただいた。(昨年と同じく今年も千種と当ったけど、昨年同様判定が出るまで長かった。審判泣かせの千種対女子聖?)このあたりから生徒達はいろんなポジションで試合をやりたいと思い始めたようだ。

 今年高校2年生となったメンバーは、去年ぼくが声をかけて集めた生徒達だった。声をかけたといっても、面識があったわけではない。たまたま教師の図書委員をしていた関係で、図書館にやってくる読書好きの生徒で、ディベートに向きそうな生徒8名ほどをピックアップした。司書の先生のアドバイスがありがたかった。そして春の講座のテキストを渡して「やってみないか」と誘ったのだった。結果、4名が集まった。

 大会まで2ヶ月もない状況下、それぞれのポジションを固めて、そのポジションだけ徹底して鍛えるという形で関東大会、全国大会に臨んだ。それでも、百戦錬磨の高2の森の存在が、初心者の高1のチーム全体を支えてくれていた。

 そんなこともあって、今年は「全員一ヶ所は反駁をやろう」ということでチーム作りは進んでいった。

 5月5日の高校生のためのやさしいディベート教室に備えて、ぼくはインターネットであれこれと陪審制に関する資料を集めていた。たまたま東京第2弁護士会のホームページで、弁護士を講演に派遣するという項目が目に止まった。さっそく問い合わせのメールを送ると、事務局の方から電話が来て、事情を話すと弁護士に当たってくれるという話になった。おまけに陪審制に関する参考資料や文献一覧まで送ってきてくれた。(これはあとで文献を探すときに大いに役に立った。)

 高校講座の趣旨はメールで送っていたけれど、無償で文献を送ってきて下さったのは感激だった。

 そして、佐藤博史弁護士を紹介してくれた。実はこのとき、すでに創価高校で講演をすることが決まっていた(ということを講座の当日に聞かされてびっくりした。さすが創価高校)のだが、講座で1時間程度陪審制に関してレクチャーをして下さることになった。佐藤弁護士は名うての参審制導入論者ということをあとから知ったが、そのことが、かえって現状を批判的に見るのと同時に、陪審制をも批判的に見る目を持つことができるきっかけになったと思う。

 

 高校生講座後、いよいよ練習試合が始まった。今年は関東支部主催という形での練習試合もたくさん行われ(5月16日、22日、30日)、特に創価高校、豊島高校とはよく練習試合を行った。

 生徒が立論を作る傍ら、僕は大学の講義で聖学院大学へ行っては証拠資料を集めて回った。東京第2弁護士会からいただいた参考文献リストにあった資料を、とりあえず集めることを目的としたが、時間も費用も結構かかった。

 ここでも驚かされたのは、創価のみんなの情報収集力。岡野さんと話したことがあったけれど、僕が集めた資料のほとんどに目を通していた。手分けしてあちこちの図書館に出かけて資料を集めていたようだ。

 また江戸川学園取手高校OBの山中 允さんのウェブサイトも生徒達は活用していた。

 僕は最初山中さんのサイトの存在を知らなかった。16日に八潮市立八潮中学校で練習試合を行ったときに、生徒達の立論がびっくりするくらいよくできていた。試合のあとで褒めたら、なんのことはない、山中さんのサイトから引っ張ってきたのをそのまま読んでいたのだった。

 この時期、肯定側立論担当チームと、否定側立論担当チームに分かれて、メリットデメリットを作っていった。新入部員として、1年生は一人だけだったが、部長の内田がサポートチームとして新たに3人の高2を誘ってきてくれた。

 肯定側は、わりと早い時期にメリットが決まったのだけれど、否定側は何が強いのかがよく分からずに、練習試合で試行錯誤を繰り返した。(試行錯誤ができるという点でも練習試合は重要だと思う。)そして苦肉の策で出てきたのが「社会情勢に流されて冤罪が増える」というものだった。

 関東大会では、この苦肉の策が、逆に「国民の司法参加」といったメリットにうまくはまって、順調に勝ち進むことができた。ただ、これが全国でも通用するのかしないのかは、あまりしっかりと反駁を受けずに優勝してしまったので、謎のままに終わってしまった。ただ、ステレオタイプのデメリットが多かった中で、ユニークさという点では、たぶん群を抜いていたんじゃないかと思う。

 全国大会出場が決まってからは、とにかく創価の胸を借りることで、立論の再構築と反駁の精度を高めていった。とにかく毎回あれこれと立論を作り替えては創価にぶつける。それをどの程度創価が返すか、ジャッジがどう判断するか、それを見ながら全国向けの議論を作ったのだった。

 今年のディベート甲子園までの活動を振り返ると、練習試合で質の高い相手とジャッジに恵まれたことが大きかったと思う。おかげで女子聖学院高校としては初のベスト8進出を果たした。しかし、関東地区としては不満が残る。(大いに。)来年はぜひぜひ、関東地区が全国大会を席捲するようさらに他校との交流を活発にしていこう。             

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筑田 周一
s_chikuda@hotmail.com
最終更新日: 01.8.17